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元治2年1月1日(1865.1.27)
【芸州】征長総督、幕府に長州恭順・撤兵の報告させるために
尾張藩士千賀興三郎、大目付永井尚志等を江戸に遣わす

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年が明けて、元治2年です。

>第一次幕長戦
【芸州】元治2年1月1日(1.27)、征長総督徳川慶勝は、幕府に長州「悔悟服罪」・征長軍撤兵等を報告するため、尾張藩士千賀興三郎・長谷川惣蔵を大目付永井尚志・目付戸田鉾三郎とともに江戸に向かわせました。(12月29日に出立説もあり。四名は海路江戸へ向かい、11日着府。)

(てきとう訳)
(毛利大膳父子が)悔悟服罪いたし、長防が全て鎮静に及んだことを御届申上げます。これにより、長防鎮静を三末家吉川監物ならびに大膳家老に急度申し付け、松平越前守始め討手に撤兵を申し渡し、某も引き払い申します。別紙六通を添えて申上げます。右等の趣は、早々に出府して申し上げるべきところ、帰路の際に、一旦入京し、件々の次第を奏聞仕り、帰国の上、出府しようと存じます。

十二月

慶勝は、さらに長州処分に係る建言書(藩主父子の隠居・剃髪・永慎、親族の家督相続、領地10万石削減等)を千賀興三郎にもたせました。

参考:「督府征長紀事」(綱要DB元治1年12月29日条No48-49、54-55)

【芸州】元治2年1月1日(1.27)、征長副将松平茂昭は、解兵令を下関口討手の諸藩に伝達しました

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